第4回によせて

3 5, 2012

先日久しぶりにバレエを見に行きました。小さい頃よく憧れてみていたダンサーの動きの美しさ、体の一部一部が表す感情の動機、ストーリーと一緒に わくわくする気持ちがまた私の中で湧いてきて、なつかしい思いがたくさんよみがえってきました。人間は生まれた時からいろいろなことを吸収し、私たちアー ティストはそれを表現しようとしますが、ベートーヴェンはどんなものを聞き、見て、感じ、愛し、作曲家としてこのような作品を書いたのでしょうか。

耳が聞こえなくなった後も、思い出の中にたくさんの音があったのでしょうか。彼の作品には自然の中に出てくる音がたくさんあります。蹄 の音、馬車の音、風の音、嵐の音、鳥の鳴き声や人間の歌声。しかし、どの音も、ただ「音」そのものを表しているのではなく、その音の中にはメッセージや哲 学が組み込まれています。

彼の眼に映った世界は、どのようなものだったのでしょうか。私には彼の音楽の中に自然の緑の色、真っ青な空の色、美しい女性の顔、美味しい果物の色などが見えてきます。しかし、一見平和な世の中の裏には必ず暗黒、葬送の様子、戦争の酷さがあったのでは・・・と思います。

彼は手で何を触れたのでしょうか。初めて出た新芽のつるつるした手触り、初めて届いたハンマークラヴィーアの感触、初めて触った好きな人の手・・・ベートーヴェンのソナタを弾いていると、永遠と想像の旅を歩むことができます。

人間はそうした単純な思い出の一歩一歩を大事に生きているような気がします。しかし人生を一生懸命生きることによって、何が得られ、その道の後には何があるのでしょうか。

今回のソナタの数々はベートーヴェンの作品の中でも最も神秘的なものですが、これらはいわゆる表面的な世の中を超え、その奥深くにある 何かに手を伸ばしているかのようです。どんな人でも毎日ほんの少しでも感動することがあると思います。その一つ一つの小さな感動が、人間が得られる贈り物 なのではないでしょうか。生きるということの神秘、音楽の神秘は永遠に時を流れ、宇宙に刻まれていくのだと思います。